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東京地方裁判所 昭和36年(行)72号 判決

原告 松尾美津子

被告 関東信越国税局長

主文

昭和三一年一二月三〇日亡新居貞太郎死亡に係る相続税の再調査決定に対する原告の審査請求につき、被告が昭和三六年五月二九日付書面をもつてなした「再調査決定を取り消す。更正処分に対する再調査の請求を却下する。」旨の審査決定を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

原告

主文と同旨の判決を求める。

被告

原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求める。

第二原告の主張

(請求の原因)

一  昭和三一年一二月三〇日新居貞太郎死亡に係る相続税の再調査決定に対する原告の審査請求につき、被告は、「あなたは、課税価格一五、三四八、二〇四円、相続税額五、四四六、六九〇円と申告したのに対し、足利税務署長が課税価格九、七四三、六八二円、相続税額二、九六二、四四〇円と更正したことについて再調査の請求をされましたが、この更正処分は、あなたの税負担を減少させたものであり、あなたに不利益を与えておりませんから、再調査や審査の目的となる処分ではありません。なお、足利税務署長が再調査の請求を却下すべきものを棄却したことは誤りです。」との理由で、昭和三六年五月二九日付で「再調査決定を取り消す。更正処分に対する再調査の請求を却下する。」旨の審査決定(以下「本件審査決定」という。)をした。

本件審査決定にいたる経緯は、次のとおりである。すなわち、原告は、昭和三一年一二月三〇日、亡夫新居貞太郎が死亡したので、これを相続した。したがつて、昭和三二年六月三〇日までに相続税の申告書を提出しなければならないので、同年六月二五日申告期限延長申請をなし、その結果同年八月三一日まで申告期限が延長された。そこで、原告は、同年八月三〇日、足利税務署長に対し、まだ遺産分割が行なわれなかつたので、法定相続分に応じて遺産を相続したものとして算出し、課税価格一四、七四一、一〇〇円、税額五、三九八、四九〇円なる旨を記載した申告書を提出し、次いで昭和三三年五月二一日、右申告につき、課税価格一四、八四八、二〇〇円、税額五、四四六、六九〇円なる旨を記載した修正申告書を提出した。ところで、その後昭和三三年一二月二三日にいたり、原告ら相続人間において遺産分割の家事調停が成立し、原告が相続により現実に取得する財産が確定したので、原告は、昭和三四年四月一一日、原告が遺産分割により取得した財産を基礎として算出した課税価格六、六六七、五〇〇円、税額一、九四八、六二〇円とすべき旨を記載した更正の請求書を提出したところ、足利税務署長から原告が遺産分割により取得した財産を基礎として減額更正をするから更正の請求を取り下げるようにとの要請があつたので、昭和三五年九月一七日右更正の請求を取り下げた。ところが、足利税務署長は、昭和三五年九月一七日付で、さきになした原告の更正の請求に係る額を上廻る課税価格九、二四三、六〇〇円、税額二、九六二、四四〇円とする減額更正をした。原告はこれに不服であつたので足利税務署長に対し昭和三五年一〇月一四日再調査請求をしたが、同署長は、昭和三六年一月一〇日付で右減額更正は原告の申告額以下のものであつて原告に不利益を与えるものではなく、むしろ原告の利益となるものであるとの理由で、原告の再調査請求を棄却する旨の再調査決定をした。原告はこれについても不服であつたので、被告に対し昭和三六年二月一三日付で審査請求をしたところ、被告は前記のとおりの理由をもつて本件審査決定をした。

二  しかしながら、本件審査決定は、次の理由により違法であるから、その取消しを求める。すなわち、相続税法は、相続税につき申告納税制度をとつてはいるが、同時に修正申告、更正の請求を認め、さらに同法三五条所定の更正に対しても不服申立てをなすことをも認めており(同法四四条一項)、他方、税務署長は、申告(修正申告を含む。以下「申告」という。)に係る課税価格または相続税額がその調査したところと異なるときは、これを更正することができるものとしている。したがつて、相続税の課税価格または税額は、申告によつて絶対的に確定するものではなく、税務署長の行なう更正によつて絶対的に確定されるものというべきである。換言すれば、申告は、課税標準額確定の本質的要素ではなく、税務署長の行なう更正こそがそれであるというべきである。

されば、前記原告の更正の請求の取下げにより修正申告どおりの課税価格および相続税額が確定するものではなく、足利税務署長のした前記減額更正により課税価格および税額が一応確定したものであり、これに対し原告が不服申立てをなしうることは相続税法四四条一項の規定に徴して明らかである。したがつて、原告の更正の請求の取下げにより修正申告どおりの課税価格および相続税額が確定したものとしてこれと足利税務署長のした減額更正とを対比し、後者の課税価格または相続税額が前者のそれ以下であれば、原告になんらの不利益はないとすることは許されず、右減額更正と対比すべきものは、原告が遺産分割により取得した財産を基礎として算出した課税価格または相続税額であり、その結果が原告に不利益であれば、原告には右減額更正につき不服を申し立てる利益があるというべきであり、かように解することこそ租税負担の公平と実質課税の原則に沿うゆえんである。それ故、減額更正に係る課税価格および相続税額が修正申告に係るそれ以下であるので、原告に右減額更正につき不服を申し立てる利益がないとして再調査請求を却下した本件審査決定は違法である。

第三被告の答弁

(認否)

一  請求の原因第一項の事実のうち、本件審査決定の日付の点、更正の請求に係る額が遺産分割により原告において現実に取得した財産を基礎として算出したものであることおよび原告が更正の請求を取り下げたのが、足利税務署長の要請によるものであることは否認するが、その余の事実は認める。なお、本件審査決定は昭和三六年五月二四日付でなされたものである。

二  同第二項の主張は争う。

(主張)

原告は更正の請求を取り下げたので、課税価格および相続税額は原告のした修正申告により当該修正申告に係る課税価格一四、八四八、二〇〇円、相続税額五、四四六、六九〇円と確定し、足利税務署長のした減額更正の額は課税価格九、二四三、六〇〇円、税額二、九六二、四四〇円であつて右修正申告に係る額を下廻るものであるから、右の減額更正により原告にはなんらの不利益はなく、むしろ利益となるものである。したがつて、右の減額更正に対する原告の再調査請求を却下した本件審査決定には原告主張のような違法はなく、本件審査決定は適法である。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一、被告が原告主張のごとき理由で本件審査決定をしたこと(ただし、日付の点を除く。右日付は成立に争いのない甲第四号証により昭和三六年五月二九日であると認める。)および原告のした更正の請求に係る額が原告において遺産分割により現実に取得した財産を基礎にして算出したものであることおよび原告が更正の請求を取り下げたのが足利税務署長の要請によるものであるとの点を除き本件審査決定にいたる経緯が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二、ところで、本件審査決定は、原告のした修正申告について足利税務署長がした減額更正は原告の税負担を減少させるものであつて、原告に不利益を与えるものではない、ことを理由として、原告の右減額更正に対する再調査請求を却下したものであることは、前示のとおり、当事者間に争いがないところ、原告は、右の減額更正が原告にとり不利益な処分であるかどうかは、原告が遺産分割により現実に取得した財産を基礎として算出した課税価格および相続税額と右の減額更正に係るそれとを対比して決めるべきであり、これによると、後者が前者を上廻り、右減額更正は原告にとつて不利益な処分であるので、これに対し再調査請求をなしうるというべきであるから、本件審査決定は違法である、と主張する。

よつて、案ずるに、相続税法の一部を改正する法律(昭和三三年法律第一〇〇号)附則二項によれば、昭和三三年一月一日前に相続等により取得した財産に係る相続税については請求従前の例によるものとされており、本件の相続税は昭和三一年一二月三〇日の相続の開始に係るものであるので、右により同法律による改正前の相続税法が適用されるところ、同法二七条、三三条等の各規定によれば同法が相続税につきいわゆる申告納税制度を採用していることは明らかであり、したがつて、第一義的には相続税の納税義務者の申告により課税価格および相続税額が確定するというべきであるから、本件についても、原則として、原告のした修正申告により、課税価格および相続税額は当該修正申告に係る額に確定したものといわなければならない。しかしながら、相続税法二七条、三一条、三二条二項、三五条の二、五一条二項三号および五五条の各規定によれば、同法は、相続税は相続または遺贈により取得した財産を基礎として課税すべきこととしているが当該相続税の申告期限までに遺産分割が行なわれていない場合においては、便宜、各相続人らの法定相続分に応じて遺産を相続したものとして当該課税価格および相続税額を算出し、相続税を課することとしその後において遺産分割により各相続人らの取得する財産が確定したときは、その際にこれを基礎として相続税額を改算し、それに基づいて更正の請求または修正申告をなし、あるいは更正決定がなされることを建前としているものと解するを相当とするので、相続税は、本来、相続等によつて現実に取得した財産につき課せらるべきものであり、右のような遺産分割が行なわれない場合の措置は、長期間にわたつて遺産分割を行なわないことにより相続税の納付義務を免れるというような不都合を防止するためのものであるというべきである。そうだとすると、遺産分割によつて取得した財産を基礎として算出した相続税額に基づいてする更正の請求または修正申告は、もともと当初の申告に過誤があつてその是正を求めるための一般の更正の請求または修正申告とは異なり、かかる手続を利用してなされはするものの、その実質は遺産分割により取得した財産を基礎として算出した課税価格および相続税額の申告そのものであり、また、遺産分割があつたことに基づいてする税務署長の更正は、その形式はともかく、実質は遺産分割により取得した財産を基礎として算出した課税価格および相続税額を確定するものであつて、一般の更正とは異なるものというべく、したがつて、遺産分割があつたことに基づいてする税務署長の更正が納税義務者にとつて不利益な処分であるか否かは、右更正に係る額が、納税義務者が遺産分割により現実に取得した財産を基礎として算出した課税価格および相続税額を上回るか否かによるといわなければならない。

これを本件についてみるに、本件の課税価格および相続税額、すなわち相続により取得した財産を基礎とする課税価格および相続税額は、前示の遺産分割があつたことに基づいて足利税務署長のした減額更正によつてはじめて確定したものというべく、これが、原告が遺産分割により現実に取得した財産を基礎として算出した課税価格および相続税額を上廻る限りは、右更正処分は原告にとつては不利益な処分であり、原告がそれにつき再調査請求(不服申立て)をすることができることはいうまでもない。したがつて、前示更正の請求の取下げによつて本件の課税価格および相続税額が原告のした前示修正申告により当該修正申告に係る額に確定し、右減額更正に係る課税価格および相続税額が右修正申告に係る額に確定し、右減額更正に係る課税価格および相続税額が右修正申告のそれを下廻るから、右減額更正は原告にとつて不利益な処分でないとの理由で原告の前示再調査請求を却下した本件審査決定は違法のそしりを免かれない。

三、そうすると本件審査決定は取り消すべきものであるから、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉本良吉 仙田富士夫 村上敬一)

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